ヒラメキ・カードコピーの3択廃止 [6]
ヒラメキやカードコピーは3択辞めた方がいいです。
色んな構成試しやすくなるし、カオス適性・厳選の格差も減ります。(これが一番大きいです。現状のままでは記事に書いていただたようなユキの強化が来ても恐らく私は使いません。なぜなら、ユキは強く使うための厳選の労力が尋常ではないからです。)
欠片・共用・装備・神および隠しヒラメキと幾らでも厳選ポイントは残ってるので、誰でも最低限形を整えるハードルは下げた方がいいと思います。
→3択廃止の場合は神・隠しヒラメキに調整が必要です。
現状は最後の最後のカードコピーで「ここまで厳選お疲れ!でも残念!」って言われてる気分。影響度が極めて大きい要素を最後に持ってこないで欲しい。
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ランダム性による試行回数の増加と振れ幅の大きさを楽しむのがローグライクというゲームの本質ですが、カオゼロはセーブデータを保存できてしまうため貴方のようなデッキ構築自体が主目的になっている層が一定数いるのがこの問題の難しいところです。
私が思うに、マップ後半でヒラメキの再抽選マスが用意されるなどの緩和措置は有ってもいいと思います。ですが、3択の廃止は明らかにやり過ぎです。1度のランで根本的なデッキ構築ができてしまうなら現状のメインコンテンツであるカオスの存在意義とローグライクというジャンルの持つ魅力が失われてしまうからです。理想のデッキができるまでの過程を楽しいと思えないのはゲームの欠陥ではなく個人の向き不向きの問題であり、ローグライクというジャンルが自分に合っているかどうかという話です。
少々殴り書きだったのも相まって追記をさせて頂きます。よしんばキャラ固有のひらめきカードが3から5になったとしましょう。最初から5でデッキ構築における選択範囲を絞るという事は確かに出来るかもしれませんね。キャラクターにおける基礎構成が出来る訳です。しかし基礎構成が出来るという事はローグライクゲームにおけるランダム性は?何処へ?と言う話になります。再現性が高くなる訳ですから。神ヒラメキだったり隠しヒラメキだったりと1つ1つ勿論小さな差別化はあります。…が、しかしもし、それらが発生しえ無かったら?一体どこで差別化をはかると言うんでしょうか?私は不思議でなりません。それらも踏まえた上で残念ながら断言させて頂いたんですね。その辺についてどう考えてあるのか、ぜひご教授願いたいですね。システムの根幹を否定したらこのゲームは成り立ちません。
ある程度ランダムはあっていいと思うけどヒラメキの再抽選は欲しい。今の仕様だとあまりにも厳選に時間かかりすぎて使えるようになるキャラが限られてしまう。なのでガチャで新キャラ引く気も薄れる。
育成素材の不足が問題視されてたけど厳選時間の長さも早く改善した方がいいと思う。
論点をすり替えるのをやめましょう。
私は0→100でみんな同じデッキを作れるようにしろと言っているのではありません。
デッキ構築の下振れについて全体的な幅の大きさ・キャラごとの格差を是正するために下振れを小さくしましょうと言っているだけです。
ヒラメキやカードコピー以外にも差が出る部分は無限にありますし、それこそが「護石はみんな違う」という主張と合致しませんか?
あなたは反対意見を言っているようですが、そもそも私の主張を正しく解釈できていませんので議論として成立していません。
望むデッキが簡単に作れるようになればなる程ローグライクとしての楽しさは減ってゲーム寿命が短くなるからそういう調整は来ないだろうね。理想デッキじゃなくてもクリアできるしのんびりやろうや。
生きてる以上皆等しく時間は有限だよ。モンハンの護石掘りとか元々コツコツ収集して中から選りすぐりの物を厳選するのが楽しいんだよ。あれだって全体の構成は似ても護石は同じだったりしないだろ?皆同じ物が出来上がったらそれはもうただの改悪だよ。よってしなくていいとはっきり断言するかな。


生きてる以上皆等しく時間は有限だよ。モンハンの護石掘りとか元々コツコツ収集して中から選りすぐりの物を厳選するのが楽しいんだよ。あれだって全体の構成は似ても護石は同じだったりしないだろ?皆同じ物が出来上がったらそれはもうただの改悪だよ。よってしなくていいとはっきり断言するかな。
ランダム性による試行回数の増加と振れ幅の大きさを楽しむのがローグライクというゲームの本質ですが、カオゼロはセーブデータを保存できてしまうため貴方のようなデッキ構築自体が主目的になっている層が一定数いるのがこの問題の難しいところです。
私が思うに、マップ後半でヒラメキの再抽選マスが用意されるなどの緩和措置は有ってもいいと思います。ですが、3択の廃止は明らかにやり過ぎです。1度のランで根本的なデッキ構築ができてしまうなら現状のメインコンテンツであるカオスの存在意義とローグライクというジャンルの持つ魅力が失われてしまうからです。理想のデッキができるまでの過程を楽しいと思えないのはゲームの欠陥ではなく個人の向き不向きの問題であり、ローグライクというジャンルが自分に合っているかどうかという話です。